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2011年6月29日水曜日

6月28日

食べさしのちょっと汚い写真・・・すみません・・・・

7月末に道場単位で訪問させて頂こうと考えている陸前高田での
ボランティア企画が進み始めています。
先日の先遣隊のメンバーからのフィードバックを元に皆で分担しながら
情報集めとメンバー集めが行われています。

以前はあまり思わなかったことですが、好きなときに好きなものが
(自分の財布の許す範囲ですが)食べられるって、本当にありがた
いことだなあと思います。

こうやって食べ散らかせる幸せを素直に感謝し、その幸せを
少しでもお返ししなければと切に感じます。
微力ながら武道館 少林寺拳法部 頑張ります!

2011年6月25日土曜日

6月25日

東京都大会の運用法の部、本日都内某所で予選が行われました。
予選を通過した人、しなかった人。いろいろありますが、まずは(大きな)怪我がなくて
良かったですね。「記念写真とろうよ!」ということで残っていた仲間でスナップをとりました。
(ファイティングポーズは私のリクエストです)
結果は別にして、自分の経験では、通過しなかったときの方が得るものが多かったような記憶があります。(さすがに40代半ばとなった今、結果ではなく、参加し続けることに目的を持ち始めてますが)

都大会まで後一月弱、頑張りましょう!

2011年6月21日火曜日

6月21日

作務:「禅寺で、僧が掃除などの労務を行うこと。修行の一つと見なされる。」(「デジタル大辞泉」より)
下記で行っているのが作務です。日常では、お父さんのくつろぎ着「作務衣」くらいでしか見うけない言葉ですが、少林寺拳法ではとても一般的。毎回、全員で練習の後に掃除を行います。お世話になった道場をきれいにして、次に使う人に渡すため。次の稽古をきれいな状態ではじめるためです。

少林寺拳法に限らず、道場の掃除というのは武道の世界ではあたりまえの話だとおもうのですが、海外において腕一本で武道をひろめてきた先人たちの記録によると、日本以外ではなかなか理解を得ることが難しかったようです。

曰く「お金をはらっている自分達がなぜ作業をしなければならないのか?」「掃除は掃除を担当するサービスマンがやればいい」との反応のほうが一般的だったとの事。この精神的なバリアを超えることが出来たとき、初めて現地の人の武道に対するコミットメントが高まったとそうです。実に深い話です。

ちなみに少年部は、一般部の前が練習時間となりますので、掃除ではなく、必要機材の搬入(準備)をやってもらってます。何事も無理の無い範囲で分担です。




さて今週末は、自由に技を試しあう運用法の都大会予選があり、何人かの拳士が参加します。下記はその際に使用するフルセット。。。。皆さん。忘れ物&怪我の無いように祈ってます!

2011年6月19日日曜日

6月18日

今日は有段者を中心とした研修会があり、道場についたときはもう練習が始まっていました。
先日正式入門した娘も、一般部拳士のHさんの御指導の下、楽しそうに練習していました。

よく、「お嬢さんに拳法を練習させるのは護身のためですか?」と聞いていただくことがあります。物騒な世の中ですし、たしかに少林寺拳法が、もしもの際にに難を逃れる役に立てばいいなあ。とも思います。

しかし週にわずかの修練を通して得られる、少林寺拳法の技術(正しく使えればもちろん威力を発揮するのでしょうが)が、下記の写真のような体格差を凌駕できるかというと、そうは上手くいかないだろうなあ。と思います。では、少林寺拳法は娘を守ってくれないのか?と問われると「そこについては「きっと意味があると信じてます」とお答えすると思います。

たとえば、「嫌な事を嫌ときちんと、大声で叫べる」「相手に対して気迫をもって接する事が出来る」ななにより「暴力の怖さ、強さを知っているから、危険に近づかない」、こんなことだけでも護身という観点においてきっと彼女を助けてくれるようになるのでは?と期待しているからです。そしてこれはおそらく、子供たちだけにとどまらず、体力にそんなに自信がなくなってくる高齢者・女性のみなさんにとっても同じ効果を期待していただいてよいのではないだろうか?と考える次第です。

さらに別の視点から考えてみたいのは、所謂護身技術を磨く意味と意義です。暴力・危険には、当然備えなければいけないのですが、おそらくそれらに一生の内に10回遭遇される方は少ないのではないだろうかと言うことです。そうであるとしたら、その10回のために一生をかけて、護身「技術」だけを磨くのはとても覚悟が居ることではないでしょうか? 

これから少林寺拳法を始めてみようという方にお奨めできるとしたら、少林寺拳法を修練する意義が“なんらかの危害から身を守る”という非日常への備えである以上に“日常をよりよく生きる”ということの助けになってくれるかもしれませんよ」という事。そしてそれはとても楽しいですよ。ということでしょうか?(例によってまた私見ですが(笑))

※どうも身内の写真ばかり掲載しておりますが、時節柄、インターネット上に画像が出ることに対して自己判断で許可を頂くことは難しい少年部の拳士の画像は、本人が特定できるような形では掲載しないように心がけております。御了承ください。



2011年6月15日水曜日

6月14日

残念ながら、今日は道場のスナップはないんです。
1時間遅刻し、練習を終えて外に出たところで職場からトラブルのメール
急いで自宅に戻り、リモートで仕事、となんともあわただしい夕方~夜
でした。 食事をして帰るつもりだったので晩御飯もなく、仕方なくお弁当を
近くのコンビニで・・・と若干不健康な一日。

どうでもいい話ですが、武道館はAKB48がコンサートをやってました。


2011年6月11日土曜日

6月11日①

Sさん。現役バリバリの証券アナリストであり、競技スキーのエキスパートでもあります。
同じ道場のお友達の紹介で始められて、3年以上、期間的には本当なら当然黒帯に昇段されていても
おかしくないのですが、ずっとお仕事が忙しく。現在は未だ茶帯を巻いて練習しておられます。



そんなSさんが、今年は夏の大会への出場を決意されました。同じ茶帯の女性の
方と組まれて演武へのエントリーのためにトレーニングを始めておられます。

大切なのは、少林寺拳法の中での段位があがる事でもなく、トップアスリートとして
大会で入賞される事でもなく、自分にとって一つ上を目指すということなのだなあ、と
Sさんを見ていた思います。(もちろんSさんも当然入賞を目指しておられると思いますが・・・(笑))
うれしいのは、忙しくても道場の事を忘れずに、でも重責を担うお仕事はちゃんとこなされて、
其の上で少林寺拳法でもチャレンジして頂けている事でしょうか。。。

皆で応援してます!



6月11日②

道場の壁にかかっている文字を今日改めてみてみました。

「精力善用」

ご案内のように講道館柔道創始者喜納治五郎師範の説かれた
柔道の理念です。合わせて「自他共栄」という言葉もありますね。
実は少林寺拳法の理念にも同じような言葉で「自他共楽」
という言葉があります。

言葉の定義は別にして、自分の力を善く使う。誰かのために
使う。。。という意味だと理解してます。



なかなか普段は意識する事もないのですが、今年の3月11日以来、折に触れて
こういうことを考える事も多くなりました。

少林寺拳法の思想には「半ばは自己の幸せを、半ばは他人の幸せを 」という言葉があります。
この意味についてはいつか又私見を述べさせていただく事もあろうかと思いますが
「自分のできる範囲で人の事を考えてあげる」という理解も間違っては居ない
と思っております。(先輩方、よろしいですよね(笑)
人それぞれの形があると思います。下の写真で豪快な右順突きで攻め込んでいる男
(私の20年来の仲間です)はこの練習の後、0泊2日で東北地方のボランティアに
出かけていきました。(他にもたくさんの同志と一緒ですが)

えらいなあと思います。また今回私は、違う方法で東北の皆さんのお役に立てることは
何かと考え、それを選びましたが、仲間のアクションが自分の刺激になり、其の中で
自分に出来る事、やりたい事は何なのか?を考えるチャンスをもらえたと思っています。

まだまだ先が見えない日本。脚下照顧で自分(達)が出来る事をやっていきましょう。


2011年6月7日火曜日

6月7日




昨日は平日ながら久々にみっちり稽古をさせて頂けました。土曜日に先生にヒントを頂いた体捌きを運用法の中で生かす練習。週末をかけていろいろ考えていたのですが、試せて楽しかったです。

他のスポーツでもそうでしょうが、いわゆる公式練習(日)って実は練習ではなく、「試し」の場なのかな?と思います。学生さんは別にして、毎日練習が出来るわけではない環境下で、限られた練習の質を上げるために、どれだけ自分で試行錯誤できるか?で公式練習日の満足度が違ってくるのではないでしょうか?

(といっても、ストイックになる必要は全然無いです。駅のホームでシャドースイングをするおじさん、机の上で運指を練習するピアニスト、皆同じでそれが楽しいから思わずやってしまうわけです。)

さて、それはさておき練習が楽しくて今日は写真は取れませんでした。ということで日本武道館の外側にある看板をご紹介します。昔は道場破り(?)は勝利の証として道場の看板をもってかえったらしいですが(?)そういう意味では随分押し出しのある看板ですね。 単なる「道場」ではなく、様々な形で社会教育、文化保存のために取り組んでおられる様子が伝わってきます。

2011年6月5日日曜日

6月4日

娘が正式に入門させていただきました。これで親子三人体制です。
ありがたい話です。

さて、これは子供を持つ親としての全くの私見なのですが、
正式入門まではある意味「道場って楽しい」と思ってもらう事がとても大切なのではないかな?
と思ってます。「毎週あそこに行きたい!」といってもらえるようになるととてもうれしいです。

でも入門がきまるとなると、少しづつ、正確に伝えていかなければならない「教え」が
出てくるのではないだとろうか?とも思います。そうじゃないと、せっかく少林寺拳法を選んでもらった意味が少し変わってきてしまうような気もします。(繰り返しですが私見ですが・・・)

大げさなことではないのですが、たとえばこれ→「自分の道着は自分でたたむ」 とても大切ですね。おうちではお父さん・お母さんがやってくれる事、でも先ず道場では自分でやれるようになってほしいですね。

前回の練習の後、バックパックから一度も外にださないでくしゃくしゃになった道着をそのまま着て来ている男の子、、、結構多いです。(笑)




一般部は今日も盛況です。



こちらは運用法の練習です。学生時代の仲間が仲間を呼ぶ形で
新しい参加者も増えてきてます。

アスリートとして燃え尽きる大学時代を経て、新しく社会人として取り組む
少林寺拳法にまた別次元の興味を感じてもらえたらありがたいですね。



おまけです。今週は所用があり、早めに失礼しました。
帰り道の風景です。

あまりご覧になったことはないかと思いますが、暮れなずむ人気の無い武道館。

なかなかいいなあと思いました。